るみちゃんの未来の自分へ

Cycle to the SUN(レース編)




2008年8月24日(日)
サイクルトゥザサン(アメリカ・マウイ島)
に行ってきた。

朝3時起き、宿を5時前に出発。
5時半会場着、6時頃から受付、
6時半スタート。


会場に着いた頃はまだ暗く、空気はややひんやり。
レース会場の雰囲気は日本と同じ感じでどこも
一緒だなと分かる。

6時前からアップを始め、コースの試走も兼ねて、
少し登ってみる。前日にコースの下見はできなかったので
どんな感じか少しだけ見ておきたかった。

右車線の走行はさほど苦ではなく、 問題はなさそう。
また路面も日本と同じくらいで特にこれといった特徴はない。
しいて言うなら時おり、キャットアイが路面に出てくるので
それに乗りあげないように気をつけるくらいかな?


景色を見すぎてラインを外れないようにしなきゃ
と思ったくらい。
斜度は聞いていた通り緩斜面で、この斜度で
距離が20kmくらいならかなりのハイペース
ヒルクライムになりそうだと思ったが、
その3倍の長さである。後半のきつさは想像がつきにくい。

15分ほど登って、引き返す。
会場に戻ってくる頃にはかなり明るくなっており、
選手も続々と到着していた。

モーニングに行っていたJINさんたちに
受付の方法を聞いて、チェックを受ける。
出走サインの代わりにゼッケンを見せるだけである。
足にナンバーを書くというのもなく、シンプルなものだった。

総勢150人弱?一斉スタートである。
位置取りはできるだけ後ろからしたかったのだが、
チームメイトのasaasa氏が前に位置取り、
(前に来い!)と指示をしてくる。
仕方なく前に移動してやや前方からスタートする事に。


6時半、無風・快晴の中レースがスタート。
応援に来ている家族や知人たちが歓声を上げる。
コースは解放されたままなので車は通常どおり
通行している。ま、通ると言っても、応援の
車か、観光に来た少数の車だけだが。

スタート直後はマイペースで、落ち着いて冷静に走る事にする。
が、asaasa氏がどんどん前に出ていくので
せっかくだからとトレインを組む事にゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ…





体感心拍は85%。目標は75%だったので
ややオーバーペース。少し心拍を落としたかったので、
少し速い事を告げる。

先頭集団はあっという間に差が開き、
ずっと先の方にいるのが見えていたが、
しばらくするとそれも見えなくなった。
おそらくJIROさんはあの集団の中で
走ったのだろう。後半足が攣るのも分かる。


30分くらい走ったあたりからペースがつかめて、
いい感じに。asaasa氏はまだ前にいたが、
私と一緒に走っているとどうしても
私が足を引っ張ってしまいそうな感じ。

途中1か所だけ私が集団の先頭に出て前を
走った個所があったが、その為に道をロスト
してしまい若干タイムロスが出てしまった。


後ろから叫ぶ声が聞こえたので
振り返ると集団が交差点を曲がっていくのが見えた。
あわてて引き返し、集団を追う。
ここで結構足を使ってしまいペースが崩れた。

集団内にはasaasa氏が残っており、
まだしばらく一緒に走ったが、私の心拍が
上がってしまっていたので「ゴールで会いましょう」
と声をかけここから単独走に切り替える。
距離は18kmくらいの所かな?


そのすぐ後にまるさんに追いつかれ、
パスされる。先頭集団付近で走っているものと
ばかり思っていたのでこれは意表をつかれた。
調子はいいとの事。まるさんの事だから
あのままでいけるだろう。

そして21〜22km地点くらいからかなり
苦しくなってきた。時間で言うと1時間5分くらい?
そのあたりでJINさんに追いつかれ、こっから登りだよ〜と
声をかけてもらう。
その言葉通り、まばらにあった住宅は見えなくなり
草原が広がる地帯へ。斜度は延々一定のまま。


景色は徐々に見晴らしのいい区間に入っていくも、
それと比例するかのように、足がどんどんきつくなっていく。
おそらくサラ足だったら平気で20km巡航とか
できそうな斜度なのに、 時速は13〜12km前後。
風は無風で気温も低め。
条件は最高なのに、想像以上のきつさ。

補給に関しては、
@梅肉チューブ3本
Aウィダーゼリー1つ
Bヴァームゼリー1つ
C巨大ようかん1つ。
梅肉チューブは足が攣りそうかどうかは別にして
40分に半分〜3分の1ずつ飲むと決めていた。
このおかげかどうかは不明だが、 足の攣りは一度も起きず、
また攣る気配すらなかったのは良かった。





ゼリーも半分ずつ分けて補給し、走り終わって唯一残ったのは
巨大ようかんのみ。走っている間のエイドは3か所。
1か所目は何ももらう必要が無かったのでスルー。
(実はこのエイドに大人な格好の女性がいたらしいのだが、
まったく気付かず、後で聞いて非常に残念だった)

2番目のエイドで水をもらい、3番目のエイドで
ハンマージェルという強烈に甘いパワーバーの
ゲルバージョン風のやつを1つもらった。

ハンガーノックになりかけたのは1回のみ。
それでも空腹にはならず、どちらかというと
吐き気が強く、消化不良気味の感じ。

とりあえず補給はしないといけないのは分かっていたので
定期的に胃袋に入れたが、後半は胃袋がかなりきつかった。


2時間を過ぎてからはひたすら景色を見つつ、
アスファルトとお友達状態。標高が○○フィートと
書いているので、それを頼りに走るのだが、
ちょうど半分の5000Ft.という文字を見た時は
うんざりした。まだこっから半分あるんだと思うと
嬉しさより怖さの方が先に来てしまった。

本当に完走できるのだろうか?足はもつか?
補給は大丈夫か?空気はあるのか?

そうこうしている内に、前夜祭で合流した
日本人の参加者の方に抜かれ、さらにJINさんの
知り合いの河村さんにも抜かれ、さらに
残り10km?15km?くらいで
asaasa氏の知人のMr.ランスにも抜かれ…。

景色は最高なのだが、体力はとっくに限界を超えており、
時速も延々一桁が続いた。

標高8000ft.(2480m)の看板あたりから空気が薄いと感じ始める。
高山植物もかなり減ってきて植物はまばら。地面は赤茶色で
生き物はいるのか?といった感じ。


風の吹いていない所で足を止め休んでいると
音がすべて消えた。
機械から発せられる騒音を調べるための
無響室という部屋に入った方はいるだろうか。

まさにその部屋の感じ。何の気配もなく、心臓の音すら
聞こえない静まり返った世界。
そこから見下ろす景色は青く輝く空と海。
そして小さな町並みとマウイ島のもう一つの山。

あまりにも現実離れしたその状況・世界・時間に
めまいすらおぼえた。
上を見ると山頂はまだまだ先にありそうで、
いつ終わるか分からないレースに(いやもうレースではない。
完走できるかどうかの自分との戦いである)心が折れそうになる。

再びバイクにまたがり登り始めるとタイヤと
路面とが接触する音だけが聞こえ、あとは若干の風切り音だけ。
風の吹く区間(つづら折れなので)では
少しきつめの風が吹いているが、
向かい風とか追い風とかもうどうでもよくなってくる。

呼吸が苦しく、次第に足を着く回数も増え、
数キロ乗っては足を着き、
が、数百メートル乗っては休み、さらに数十メートル乗っては…と
どんどん進まなくなってきた。





山頂まで残り2マイルの標識が出てきたが、
キロ換算すらできないくらい意識が飛んでおり、
まだまだ残っていると考えてしまう。
実際には2マイルなので3.2km、ゴールまでなら3.5kmくらいの
ものなのだが、それがまたとんでもなく遠いゴールに感じられた。

ラスト2kmくらいでまるさんが徒歩で降りてきて
様子を見に来てくれた。しかしそれに答える元気すら残っておらず、
ただひたすら山頂を目指して10mずつでも進むのみであった。
数回ペダルをこいでは止まり、また乗り始めてはまた止まり。


ゴール手前、600mからは最後の激坂だったが、
残念ながらバイクに乗ったまま進む事がついにできなくなり、
徒歩で最後の激坂区間を押して上がった。
標高は3000mまで上昇しており空気の薄さがよく分かった。

5歩進むのがやっとで、少し歩いては止まって
呼吸が戻るのを待つが、 呼吸もなかなかおさまらず、
この600m区間でもかなりの時間を要した。
ゴールラインが見えてからやっとバイクにまたがり、
ラスト20mだけバイクに乗ってゴールに入った。

タイムは4時間53分あたりを示していたと思う。


とにかく完走できた喜びとあまりのしんどさに、
先にゴールして待っていてくれた方々に
ろくに挨拶もできずによろよろと倒れ込んでしまい、
しばらく動けず。

ようやく動けるようになって、全員で記念撮影。
が、それでもすぐに気分が悪くなり車で横になって休ませてもらった。
高山病を治すには山を下るしかないのだ。

JINさんは日本人の64歳の方を待つとの事で
山頂に残り、他の人は車で先に下山。
下る時も景色はすごかったらしいが、
うしろの席で横になっていたのでまったく景色は見えず。
車で下っている内にいつの間にか意識が落ちていた。


TTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTT

今回レースの結果は非常に遅いタイムではあったが、
何か不調であったとか、メカトラがあったとかではなく、
本当に実力通りの結果になったと思う。
補給はうまくいき梅肉チューブはやはり効果があったと思うし、
いつもなら絶対に足が攣っているであろう強度も
攣らずに済んだのはやはり梅のおかげだと思う。

また11か月間取り組んできたトレーニングだが、
結果が出せなかったという点においては失敗だったと
言わざるを得ないが、このCTSに向けて頑張ってきた
この内容と時間は決して無駄にはならなかったと思う。

特に1つの事に向けてがんばるというのは非常に面白かったし、
確実に自分が速くなっていくのが分かったのは良かったと思う。
いろんな人に練習の相手をしてもらったり、また機材関係でも
助けてもらったり、本当にいい1年だったと実感している。
CTSは出場・完走がレースなのではなく、
それに向けた準備すべてがCTSだったのだ。

レースに行く前にも書きましたが、
本当に応援ありがとうございました。
これで5ヵ年計画はすべて終了。
しばらくバイクはお休みです。

 ― 
旅編に続く ―