るみちゃんの未来の自分へ

野上鉄道2


散策日:2015(H27)年10月25日
野上鉄道跡 追加調査
移動手段:自転車


もう工事も進んでいて、景色は結構変わっているだろうな〜と予想して行ったのだが、まさか痕跡が完全に消えて無くなってしまっているとは…orz。

ブログに残っている写真は2009年だが、
その時に撮っておいてよかったと思える状況。

八幡馬場駅跡の交差点は大きく様変わりし、景色はかなり変わっていた。
交通量もそこそこあり、雰囲気が違う。コンビニもできている。


アフター ←

← ビフォー

紀伊野上駅跡も痕跡は皆無。
資材置き場となっていた所も、歩道に変貌。


アフター ←

← ビフォー(向き反対)

鉄道が現役だった当時に撮り鉄でにぎわった動木駅へ向かうカーブ区間。
2009年の時点でもそのカーブは基礎が残っていたが・・・。

アフター ←

← ビフォー

海南高校大成校舎に架かっていた廃レール橋は2010年頃撤去されたのは
知っていたが、その後工事の進捗が止まっているように見えていたのは
気のせいだったようだ。今では下のとおり。

アフター ←

← ビフォー

←ビフォー

 雰囲気のあった龍光寺駅跡は、隣にあった工場はそのまま残り、線路の真上に土が盛られ、トンネルも消滅。

現地で回りを見る限り、線路跡の真上が現在の歩道のラインのように見える。


↓アフター

アフター(北向き)

アフター(南向き)

レールの下にあった道は廃道になり、新道の交差点に組み込まれていた。
おそらく旧道にあったと思われるお地蔵さんは、新道の道路わきにお引越し。
お堂だけコンクリートで新しくなり、味気ないものに。
お地蔵さんへの対応に、思いっきり事務的な印象を受ける。


アフター

ビフォー(若干撮影位置が違うけど…)

下佐々駅より終点方面は以前とさほど変わらず。
終点駅はバス停になり、ホーム跡もそのまま。

近くにある、車両を展示している公園がすこし綺麗に整備されていたかな。
駐車場も以前は無かったと思うけど、作られていた。

また、海南駅近くになると、自転車道になっていた区間が
舗装が荒れ、ロードではかなり走りづらい路面になっていた。
駅前も家が建ったりと痕跡はほぼ皆無に。

ん〜、有田鉄道跡が綺麗に残った事を考えると、
痕跡がすべて消えた野上鉄道は残念だ。

唯一公園に残った車両が、野鉄があったという証拠になるが、
鉄道跡をたどる楽しみは何もない。

やっぱり廃線はナマモノだ。新鮮さが命。

おしまい



散策日:2010(H22)年7月28日(水)
野上鉄道跡 追加調査
移動手段:自転車


たま〜に見に来ている野上電鉄の工事状況。駅で言うと、「八幡馬場駅跡」より東方面。


↑左の黄色い建物が八幡馬場駅跡

→駅跡にできた水飲み場。前回調査時はなかった。


↑八幡馬場駅跡より東に100mほど進んだところ。写真は西向き。歩道が線路跡。

 ← 右側の建物が立ち退きを拒否している?ようだ。
  この家の東西は工事が進んでいる。

↓ 右上の写真と同じ位置より東向き。
   同じく歩道が線路跡。

↓ 紀伊野上駅跡。ここはまだ手つかず。

↓最初に見に来た時に恐る恐る乗ってみた今にも落ちそうな橋。まだ健在だった。
このあたりは工事の気配すらないが、
 ここも何年かで道になるのだろう。

←↑動木駅跡。夏なので雑草が生い茂っている。

  この状態では廃線跡とjは分からない。
  工事の進捗状況は少し止まっているような感じかな?

  左の写真、右奥に高校の校舎がある。

↓廃レールの橋があった所は、車も通れる道になっている。
  廃レール橋があった痕跡は皆無。橋がかかっていた対岸の丘も無くなっている。

↓ 高校の正門前にある川にかかる小さい橋。こちらも雑草に埋もれている。
これもそのうち埋められてしまう運命。


龍光寺前駅跡 ↓

ここは変化なし。

↓龍光寺前駅跡より南東方向に100m進んだところ
保育所ができるらしい

前回・前々回来た時は気付かなかった車両。比較的まだ綺麗な感じ。公園にはなっておらず車両の展示のみ
野上八幡宮の入り口にあるベンチ。かろうじて「・・・校鉄道研究」と読める。

この区間の国道370号線は交通量が多い割に道幅が狭く
地元の人はかなり怖い思いをしていると思う。
バイパス道は廃線跡をなぞるように工事が進んでおり、
この赤い線でつないだ区間が新道になる予定だろう。

廃線跡や駅跡も無くなるはず。
またしばらくして見に行くとしよう。

おしまい


散策日:2010(H22)年2月11日
野上鉄道跡 追加調査
移動手段:車(
紀州鉄道を見た帰り

野上小学校と高等学校の間にあった、廃レールで作られた橋が
2009年の調査時には残っていたが、今回見に行ってみると不安的中。

バイパス道になる予定の区間なので撤去済みであった。
昨年撮影しておいて正解だった。


野上小学校と高等学校の間に走っていた野鉄跡。
おそらくこれも無くなるはず

2009年5月の廃レール橋(南向き)

2010年2月 ほぼ同じ位置より撮影

1年も経たない内に、以前あったものが無くなっていた。
やはり廃線は生ものである。その時々により様子がどんどん変わってしまう。
野鉄の廃レール橋を失って、強くそう感じた。





散策日:2009(H21)年5月上旬
野上鉄道跡 追加調査
移動手段:自転車


当直明けで、午後から和歌山県海南市野上方面へ。

前回駅の場所が判明できなかった地点の再確認に行ってきた。

駅があったと思われる付近で地元の方に聞き取り。

←@「鉄道廃線跡を歩くX」126頁の八幡馬場駅跡。

廃線跡から西南西を向いて撮ったようだ。
ホームは線路に対して北側にあったらしい。

同じ位置から写真を撮ってないので比較できない…。シマッタ。


→Aやや離れた所から。東北東方向。
ヤフー地図ではバイパス道の先は点線になっているが、野上厚生病院までできている。


←Bこの左の3階建ての家の所がちょうど八幡馬場駅のホームがあった所らしい。昨年末まではホームが残っていたとか。もう少し早く来ていたら残っていたのだが。

写真@の様子は全くなくなっている。
正面に建つ白い家もいつかは取り壊されるらしい。


→C3階建ての家の交差点を左折したところ。
正面には野上八幡宮がある。北方向。


←D野上八幡宮の参道?入口。
木製の立派な鳥居があった。北方向。

→E今回話を聞いたご近所の奥様。
八幡馬場駅と北山駅の中間にお住まいで、お子さんが小学校に通うのに回数券を買われていたらしい。

で、回数券が残っているのであげるよと言ってくれた。しばらく話を伺う。



※矢印は写真の方向

最初に話を聞いたおばちゃんが昔使っていた回数券をくれるという事で「取りに行っている間、もう少し向こうの方で北山駅の場所を聞いといで」と言われたので、 西へ移動。北山駅跡近くと思われる付近で聞き取り。

沿線に住まれている方は野上電鉄の話をされる時、ちょっと嬉しそうな顔をされるのが印象的だった。
ご年配の女性に場所を確認する。

↓@北山駅跡。横には石碑が立っている。西南西方向。
↓A同じく。東北東方向。

北山駅の跡が分かり、再び最初のおばちゃんと合流。
回数券を頂く。m(_ _)mアリガトウゴザイマス〜。
廃線になると決まった頃?に購入されたとかで、期限が書かれていない。

この時点で4時過ぎ。帰宅予想はどう考えても8時を回ると思っていた。


帰りついでに野上中駅跡を確認。

→Bコメリ前。野上中駅跡。

紀伊阪井駅跡付近は前回来たときはアジサイは咲いていなかったが、 今回は結構きれいに咲いていた。また、途中沿道を手入れされている方も結構見られた。

廃線跡は遊歩道になっているが、通った時刻が4時台で学生が非常に多かった。
小学生から中学生、高校生までさまざま。
電車が残っていればきっとこういった子供たちが使っているんだろうな〜と思った。

いつもどおり加太回りでヘロヘロになりながら無事帰宅。

野上厚生病院から東はまだ工事が進んでいないが、
聞くと登山口までバイパス道をつなげるらしい。
残っている駅跡もいつか消えてしまう。
消えてしまうのを記録として残しておくのは、
悪くない事だと思う。

 お し ま い

距離:135kmちょい
時間:5時間8分
平均:26km/hちょい
天気:晴れ・弱風向かい風